タイのあれこれカービングフルーツ・ベジタブル

タイの古典『タムラップ・タオ・シーチュラーラック』通称『ナーング・ノッパマートの書』について③

それでは第3回目の始まりです。今回は当時毎月おこなわれたという壮麗な王室行事、特に12月の「チョーンプリアン」とそこで使われる灯籠についての詳しい記載があります。そこに主人公であるノッパマートがどのように関わり、またそれがその後のカービングという技術に対してどのように影響を与えたのかが今回のお話のポイントです。


第3回:王室儀礼と四季の彩り – ロイクラトンの起源

『タムラップ・タオ・シーチュラーラック』がタイの文化史において不滅の価値を持つ理由の一つは、スコータイ王朝時代に行われていたとされる「พระราชพิธีสิบสองเดือน(プララーチャピティー・シップソーン・ドゥアン:12ヶ月の王室儀礼)」の様子を、後世に伝える貴重な記録であるという点にある 。この書は、月ごとに執り行われる壮麗な儀式を通して、王国の安寧と五穀豊穣を祈る宮廷の人々の姿を、まるで目の前で繰り広げられているかのように生き生きと描き出している。そして、その中でもひときわ大きな輝きを放つのが、旧暦12月の満月の夜に行われる「จองเปรียง(チョーンプリアン)」、すなわちタイで最も美しい祭りとして知られるロイクラトンの起源となった儀式である 。

宮廷を彩る12ヶ月の儀式

この書によれば、スコータイの宮廷の1年は、自然のサイクルと人々の信仰が密接に結びついた、多彩な儀式で彩られていた。その根底には、ヒンドゥー教から伝わったバラモン教の思想と、篤く信仰されていた仏教の思想が、見事に融合した世界観が存在する 。

例えば、6月にはその年の収穫を占う神聖な農耕儀礼「จรดพระนังคัล(チャロット・プラ・ナンカン)」が、8月には僧侶たちが寺にこもり修行に専念する「เข้าพรรษา(カオパンサー:入安居)」の儀式が行われるなど、季節の移ろいと共に、国家の安寧と繁栄を祈るための行事が厳粛に執り行われていた 。これらの儀式において、ナーング・ノッパマートをはじめとする宮廷の女性たちは、神々や仏陀に捧げる供物の準備や、儀式の場を荘厳に飾り付けるための装飾品の制作などを通じて、極めて重要な役割を果たしていたのである。

チョーンプリアンと灯籠(クラトン)の誕生

物語のクライマックスは、旧暦12月の満月の夜に訪れる。川の水位が最も高くなるこの時期、王宮では「チョーンプリアン」と呼ばれる、灯籠を流す儀式が盛大に催される 。この儀式は、天上の仏塔(พระมหาเกตุธาตุจุฬามณี)を礼拝し、生命の源である水の女神(พระแม่คงคา)に感謝を捧げるための、神聖かつ華やかな行事であった 。

宮廷に仕える女性たちは、この日のために己の持てる技術とセンスのすべてを注ぎ込み、競い合うようにして美しい灯籠(โคมลอย)を制作し、王の御覧に供する。ノッパマートが入宮して初めて迎えたこの儀式の夜、彼女はその類まれなる独創性を遺憾なく発揮する。他の女性たちが作る伝統的な形の灯籠とは全く異なる、誰も見たことのないような、息をのむほど美しい灯籠を創り上げたのだ 。

彼女が創り出したのは、満月の夜にだけ咲くという伝説の蓮の花「ดอกกระมุท(ドーク・カムット)」をかたどった、壮麗な灯籠であった。彼女は、色とりどりの生花でその蓮の花びらを一枚一枚飾り付け、さらに手にしたナイフで果物を巧みに彫刻し、鳥や白鳥が花蜜を求めて集う様子を立体的に表現した 。その灯籠は、まるで夜の闇に浮かび上がった幻の花のように、神秘的な生命感と、見る者の心を奪うほどの美しさを湛えていた。

Google AI Studioで上記の表現を元にして生成した画像です

この革新的な灯籠を献上されたプラ・ルアン王は、深く感銘を受け、次のように宣言したと記されている。 「これより後、シャムの国の王たちは、12月の満月の夜に行われるこの儀式において、ナーング・ノッパマートが創り出したこの蓮の花の形の灯籠を作り、仏足を礼拝することを、未来永劫の慣わしとせよ」。

こうして、ナーング・ノッパマートの一人の女性としての創造性は、タイで最も美しい祭りとして知られる「ロイクラトン」の原型を創り出し、国家的な伝統として認定されるに至ったのである。この物語は、一つの芸術的な行為が、いかにして国家の文化となり、数百年もの時を超えて人々の心に受け継がれていくかを見事に描き出している。

宮廷芸術の数々

ノッパマートの才能は、灯籠作りに留まらない。彼女は、外国からの賓客をもてなす際に用いられる豪華なキンマの盆(พานหมาก)を、花々で美しく飾り付ける新たな手法を考案したり 、仏陀に捧げるための優美な花の塔(พนมดอกไม้)を創作したりと、その芸術的才能を次々と開花させる 。これらの功績により、彼女は単なる美しい妃としてではなく、タイの宮廷芸術、特に「女性の工芸技術」の創始者として、不滅の名声を得ることになるのである 。


最後に

今回の文章はこれまでの表現と繰り返しになる部分もありました。「タイの宮廷芸術、特に「女性の工芸技術」の創始者として、不滅の名声を得ることになるのである 。」のところが、「こうしてノッパマートは後のカービングの基礎を創った人物となったのである。」的な感じでいいですね。

あと、ノッパマートとチョーンブリアンの文字を見るたびに、私の頭の片隅にはブラックジャックに出てくるピノコの「アッチョンブリケ!」がよぎってしまいます・・・

ここまで読んでいただきありがとうございました。では次回の第4回目をお楽しみに。

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